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学習塾の現状

自学自習の考え方をさらに進めていくと、飛び級などの問題に絡んでくる。飛び級は、勉強はできても精神面がついていかない、などと否定的な見解もあり、日本では制度として認められていない。わずかに、千葉大工学部で高校二年からの飛び入学があるくらいである。この点も充分に調査された結果かというと、そうとも言えない。先はどの矢野祥君の書いたものなどを読んでみると、自分の立場について客観的に考察していて、知能に応じて精神面も成長していることがわかる。ところが、日本では客観的なデータもなしに、飛び級はいけないなどと言う。実証的というよりも情緒的な規制と言えるだろう。私は、飛び級というのは基本的には、能力特性を無視しているところが問題なのだと思っている。つまり、二年生が五年生になったら、全部五年生の勉強をしなくちゃならない、というのがおかしい。「ぼくは算数は五年生だけど、社会は四年生だ、国語は六年生だけど、体育は三年生だ」ということでいいのである。つまり、学年を固定した檻のように考えてはいけないということだ。